KanonSS 水瀬名雪

いちばん。

 

 

 …店員さんに案内されて、わたしたちは四人がけのテーブルについた。
 わたしたち…わたしと香里と祐一、それから、祐一の連れている一年生の女の子。
 祐一、香里、わたし、女の子、の順でテーブルにつくと、まだ注文を済ませてなかったわたしと香里の前にメニューが置かれる。
「……」
「……」
「……」
 みんな、何も喋らない。
 いつもだったら率先して話を振ってくれる祐一も、どこか気まずそうに、女の子と香里を交互にちらちら見ているだけ。
「えっと…初めまして」
 重い雰囲気に耐えられなくなって発した言葉も、言ってから、言わなければよかったと後悔することになる。
 まるで何かに怯えるように、香里と女の子の肩が同時に震えた。
「いや、こちらこそ」
 わたしの頭が真っ白になってしまうよりほんのちょっとだけ早く、祐一がお辞儀をする。
 …ちょっとだけ見えた目で、ありがとう、って言ってたような気がする。
「祐一じゃないよ…」
「…初めまして」
 遠慮がちに…というよりは、何かに怯えるように、そっと女の子がお辞儀をした。
「わたしは、水瀬名雪。こっちは、美坂香里」
 …祐一と女の子と香里がどんな関係なのか、わたしには判らない。でも、何か、すごく深いつながりがあるってことだけは、判る。
 だから…わたしは、何も知らないふりをする。
 下手に気を遣っても、この場の雰囲気を一層暗くしてしまうだけなのは判りきっているし…それに……。
「私は…栞です」
「栞ちゃん、一年生だよね」
「はい…」
「わたしたちは二年生だよ…って、言わなくてもリボンの色で判るよね」
「はい…」
「挨拶はいいから、何か注文したらどうだ?」
「あ、そうだね」
 すっかりいつもの調子に戻った祐一と、安堵したような表情の栞ちゃん…と、香里。
 そして、何も知らないふりを続けるわたし……。

 ・
 ・
 ・

「大丈夫、栞ちゃん?」
「ちょっと苦しいです…」
「食い過ぎだ」
 百花屋を出た後、わたしたちはもうすっかりオレンジ色に染まった商店街を歩くことにした。
 思えば、百花屋にいる間中、わたしは栞ちゃんに話しかけていたような気がする。
 その流れを引きずるように、ぽつぽつと、わたしが栞ちゃんに話を振って、栞ちゃんが答えて、祐一がそれに何か言う……ような、会話が、続いていた。
「でも、楽しかったです」
 祐一の腕に少しだけ寄り添うようにして、穏やかな笑顔で、栞ちゃん。
 その栞ちゃんにそっと腕を差し出すように隣を歩く祐一の笑顔も、優しい。
「みんなで一緒に食事できて、本当に嬉しかったです」
 そうだな、って相槌を打つ祐一。
 でも、わたしには判ってしまう。
 祐一は、みんなで一緒に食事をしたことが嬉しいんじゃなくて、栞ちゃんがそれを喜んでいることが、嬉しいんだって。

 本当は、わたしの隣でそんな笑顔をしていてほしかった。
 七年前に判っていたはずだった…けど。
 それでも…祐一がまたこの街に帰ってきてくれることになって……また一緒に、同じ景色を見て、同じ季節を過ごせるって知って……。
 少しだけ……ううん、少しじゃない、ずっと……期待、しちゃった。
 ひょっとしたら、また、あの、手をつないで歩く時間が帰ってくるんじゃないかって。
 でも…期待なんか、しちゃいけなかったんだね。
 もう、あの日から、祐一とわたしの時間は途切れたまま。
 わたし以外の、手をつないで歩く女の子を見つけた祐一と、祐一しか見えなくて、新しい恋を見つけられずにいる、わたし。
 …祐一が帰ってこなければ、こんなに苦しくならなかったのに。
 あの日、祐一にわたしの想いを打ち明けなければ、こんなに辛くならなかったのに…。
 でももう、何もかも遅すぎて。
 やっぱり、七年前の冬休みの最後の日…あの日に、わたしの想いは届かなくなったきりで。
 だから…。

"わたし、もう…祐一のこと、そういう風には思ってないよ。七年前にね、ふられてるんだ、一回……だから…きっと祐一もわたしのことそんな風には思ってないし、わたしも、ただ、仲の良いいとこってだけで……"

「そうだ、今度一緒にお昼食べようよ」
「私でもいいんですか?」
「もちろんだよ。だって、祐一の大切な人だもん」
「…え」
 恥ずかしそうに、栞ちゃんが俯く。
「何なんだ、その、"大切な人"っていうのは…」
 祐一も少し、呆気にとられた表情をしていた。
「え? だって、祐一の彼女でしょ?」
「え、えっと…」
 俯いたままの栞ちゃんの顔に、どんどん朱がさしていくのが判る。
 祐一も呆然としたまま、二の句が継げずにいるみたい。
「可愛い子だよね。祐一にはもったいないよ」
「あ、あの…」
「ほっとけ」
 祐一も、顔が赤い。
 照れてるんだ。可愛い……けど、それが…また、わたしの胸を締め付ける。
 二つの肺の真ん中に、穴が空いたみたいな、鈍い痛み。
 目頭が熱くなる。胸が、苦しかった。
「ほんと、見る目がないわね」
 今まで何も喋らなかった香里が、不機嫌そうに…でも、どこか嬉しそうに呟く。
「余計なお世話だ」
 その声を聞いて少し肩を震わせた栞ちゃんをかばうように、背筋を伸ばして香里を真正面から見つめる、祐一。
「余計な世話じゃないわよ…」
 ね、って言うみたいに、わたしに一つウインク。
「だって、栞は…あたしの妹なんだから…」
「…え」
 "だって、栞は…あたしの妹なんだから…"
 その言葉の後。
 栞ちゃんの小さな声に消されかけてしまうほど、小さな声で続いた言葉。
 "それに、名雪はあたしの親友なんだから"
「…名雪、帰るわよ」
「え?」
「寄りたい店があるのよ。喫茶店に付き合ったんだから、今度はあたしの買い物に付き合って貰うわよ」
「う、うん…」
「それじゃあね、二人とも」
「…ああ」
 いきなりの話の流れについていけないわたしを置いて、香里はさっさと先に歩いて行ってしまう。
「えっと……じゃあね、栞ちゃん、祐一。…香里っ、待ってよ〜」
 ともかく、祐一と栞ちゃんに手を振って別れると、急いで香里の後を追いかけた。
 …すごく速いペースで、香里は歩く。
 わたしも、小走りになりながら、それについていく。
「ねぇ、香里、どこのお店に行くの? そんなに急がなくても…」
「ついてくれば判るわよ」
 少しも急ぐのをやめずに、香里。
 ……それからどれくらい歩いたのか、判らない。
 香里がようやく止まってくれたのは、もう、オレンジ色の空にだいぶ藍色が混じり始めた頃。わたしが来たことのない、噴水のある公園で、だった。
「誰もいないわね……」
「うん…そうだね…」
 もの寂しい公園。
 噴き上げられては水面に落ちる水の音だけが、辺りに響いている。
「ここなら大丈夫よ」
「大丈夫…って、」
 何のこと?
 全部言うより早く、香里がぎゅっとわたしを抱き寄せる。
 髪を優しく撫ぜてくれる。
「香里?」
「あたしにまで…無理して笑いかけなくていいのよ」
 優しい、とっても優しい、初めて聞くくらい優しい、香里の声。
「わたし、無理なんて…」
 香里の腕に込められた力が強くなった。
 全部判ってるから。そう言われているような気がして。
「…そう…だね……香里に嘘ついても………仕方、な……えぐっ、うっ……」
 香里は黙っていた。
 黙って髪を梳いてくれた。
「わたし…わたしね、本当は……ずっと好きだったんだよ…」
「うん…」
「でもね…怖くて言えなかったよ……祐一のこと好きになれば好きになるほど、また、いなくなった時に苦しくなるって判ってたから…だからね、だから……」
「うん…」
「でも、ダメだったよ…やっぱり祐一のこと…好きだもん……祐一のこと好きだから、大好きだから…」
「うん…」
「…祐一の"いちばん"に、本当はなりたかった……うっ、えうっ…」
 人気のない公園で、わたしは泣き続けた。
 明日から、また笑って過ごす日々が始まる。
 今日、胸が痛くて泣いたことなんて、何もなかったみたいに…。
 

 

Von fernem Hier mit dem herzlichen Gebet.

 

 

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もうすこし〜♪ もうすこし〜だ〜け〜♪ っと。

判る人には判ると思いますが、LINDBERGの"きみのいちばんに・・・"です。

あの歌は…切ないです。メロディが明るいのが唯一の救い…みたいな。

LINDBERGの歌の中では、一番好きです☆

 

ところで。

これが俺的"幼なじみっ娘の神髄"です。

栞シナリオを初めて辿った時から、あのタイミングで香里が名雪を誘ったのは…と思ってました。 <コラ

どうも最近終わりがうまくまとまらないのですが、誰かいい方法教えてください。 <マテ

 

01/7/30 橘 和馬