KanonSS 北川潤

きょり。(Kitagawa-sight)

 

 

 体育祭。
 この行事が嫌いだって奴はいくらでもいるだろう。
 かくいうオレも、間違っても好きって訳じゃない。授業が潰れるからまぁいいか、くらいなもんだ。
 ただ、今年は少しだけ違った。
 今年は……。

 きゅっきゅっ。
 念入りに、靴の紐を締め直す。
 周りを見てみれば、おそらくオレと同じように、どこか落ち着かない面持ちで靴の紐を何度も何度も締めている奴がちらほらいた。
 …誰が考えたんだか知らないが(十中八九、生徒会執行部の独断と偏見なんだろうが)、うちの学校の体育祭には、男女ペアによる二人三脚が毎年ある。そこで、普段の学校生活に幸薄い野郎連中は、こぞってこの競技に出場したがって…たった二つの出場者枠を、二十二人で奪い合うことになる。
 ……勿論というか、女子の方はそれほど乗り気ではなく、逆に二十二人で押しつけ合う、といったイメージが強いが。
 まあとにかく、オレは今年、悲願叶ってその競技に出ることができた。しかも、幸せなことにその相手は……。

「お待たせっ、北川くん」

 白と赤を基調にした、陸上部の練習用ユニフォームに身を包んで。
 普段は無造作に腰まで下ろしている髪の毛を、ポニーテールにして。
 いつもとは少し違った、少し優越感を湛えた、嬉しそうな表情をして。

「はちまき、もらってきたよ」

 はいっ、と、嬉しそうにオレに足を括るためのはちまきを掲げて見せる水瀬さん。
 …相沢の出現以来、間近で見ることなんて滅多になくなったけれど、相変わらず近くで見ると綺麗だし可愛いと思う。
 ……普段、こんな表情を一番近くで見ている相沢がかなり憎らしくなった。

「…どうかしたの?」
「あ…いや、何でもない」
「うん。じゃあ、練習始めよっか」
「ああ…」

 周りでは、互いにくっつき合うのが恥ずかしいのか嫌なのか(多分その両方なんだろう)、なかなか練習を始めずにいるペアも多いって言うのに。
 水瀬さんはさっさとオレの足下に屈み込むと、手際よくオレと自分の足をはちまきで巻き付け始める。
 …いくらなんでも、全く意識してないってことはないと思うけど。
 いや、そんなことはないに違いない。でないとオレが哀しすぎる。

「きつく縛るけど、痛かったら言ってね」
「ああ…」
「…このくらいで大丈夫かな」
「いいんじゃないか?」
「うん」

 …水瀬さんが立ち上がる。
 オレの肩の辺りに目がある…女の子としては、身長は少し高めだろう。
 なんか(哀しいことに)ついつい目が行ってしまいそうになるが、意外と胸が大きい。…走るときに邪魔にならないのか、なんて野暮なことを考えてしまった自分がますます哀しかった。

「えっと…一、で北川くんは右足でわたしは左足、ね?」
「あ、ああ…」
「じゃあ、まずは、ゆっくり歩いてみるよ?」
「ああ…」

 オレが返事をしたかしないかの辺りで、するっ、と、水瀬さんの腕がオレの首を回って肩にかけられる。
 ……そりゃ、二人三脚なんだから当たり前なんだろうけど、いきなり何の前振りもなくこういうことをされると…驚いた。

「…やっぱりどうかしたの?」

 驚きと…緊張で、心臓のペースが速くなっているオレを見上げて、無邪気に小首を傾げる水瀬さん。
 …その表情にどきっとして、また心臓のペースが跳ね上がる。情けない。

「いや、別に何でもないけど…」
「…?」
「……肩組んでいいか?」
「…? うん。でないと二人三脚できないよ」
「……そうだよな」
「うん」

 …なんか、独りで意識してる自分が寂しくなってきた。
 こうなったら役得と割り切って、できるだけ水瀬さんにくっついてることにしてしまおう。
 ……それも哀しいが。

「それじゃいくよっ……せーのっ、一、二、一、二…」

 水瀬さんの声に合わせて、右足を出す、左足を出す、右足、左足、右足、左足、右、左、右、左………。
 …水瀬さんの肩に置いた手に、少しだけ、絶対に気付かれないように、本当に僅かに、力を込める。
 華奢で、温かくて、柔らかい。
 きっと、この肩に触れたことのある男は……そうは多くないだろう。そんな微かな優越感と、絶望的な劣等感を感じながら。
 何も考えないように、何も考えないように……。

「わっ。わっ、わっ、わっ」
「え? うわっ!」

 …考え事をしながら走っている間、どうやらオレのペースはどんどん上がっていたらしく……結果、水瀬さんのペースと著しい誤差を生じ………ま、平たく言うと転んでしまった。
 しかも、縺れるようにして。

「痛っ……」
「ごめん、大丈夫か? 水瀬さん」
「あ、うん…北川くんは?」
「オレは平気だぞ…平気だけど……」
「え? どうしたの…?」
「この体勢は、ちょっとまずいと思わないか…?」
「え……わっ、わっ、わっ。ごっ、ごめんねっ!」

 慌ててオレから離れようとする水瀬さん。
 …でも、お互いの足首はつながったままだ。
 つまり。

「わっ、わっ、わっ、わっ!」

 余計こんがらがった。

「わっ、わっ、わっ…」

 …水瀬さんがここまで派手にパニクってくれると、オレは逆にどんどん冷静になっていく。

「水瀬さん、ストップ」
「わっ……え?」
「まず、足をほどこう」
「…うん」

 どうやら落ち着いてくれたらしい。
 お互いに多少体勢を整えると、足を括るはちまきの結び目を解きにかかる。
 …落ち着いてさえいれば、多少きつく結わえたとは言え、ただはちまきを巻き付けてあるだけなのだから、すぐに、二つの足は離れる。

「ごめんね、わたし…」
「いや、オレの方こそ…」
「ううん、わたしがぼーっとしてたから…」
「オレがぼーっとしてたから…」

 流石に密着状態からは少し離れて、お互いに頭を下げ合う。

「……」
「……」
「……」
「……」

 気まずい…という程ではないが、少なくとも居心地がよくはない沈黙。
 ……ようやくオレが男であることを意識してくれたのか、水瀬さんは少しオレの視線から離れるように位置を取り直している。
 …いや、今更そう意識されても、逆に困ってしまうのだけれど。

 ………これで、相方がオレじゃなくて相沢だったら、どうなんだろう。

 非常に不愉快な疑問が、オレの頭を掠めた。

「…れ、練習……しようか」

 …明らかに不審に目を泳がせながら、水瀬さん。
 哀しいことに、オレには、彼女の考えが容易に想像がついた。

「ああ…」

 それでも一応は、はちまきを手にして、僅かに開いた間を歩み寄る。
 そして、さっき水瀬さんがオレにそうしたのと同じように、オレは彼女の足下に屈み込み、少しきつめに二人の足を括り付けた。
 ……鬼のような沈黙。

「…水瀬さん」
「え、あ、ごめんね。えっと…わたしは一が左足だったっけ?」
「ああ」
「うん…ごめんね…」
「いや、謝るとこじゃないって」

 …。
 ……。
 ………。
 気まずい。

「それじゃ、いくぞ?」
「うん。おっけーだよ」
「せーのっ、一、二っ!?」
「わっ、わわわわわっ!」
「み、水瀬さんっ!?」

 …かといって、無理矢理走ろうとしてみても、これだった。
 というか、足を括られた状態で、できるだけオレから離れようとしているのが、よく判る。そんな状態で走れる訳がない。

 …。
 ……。
 ………。

「…なあ、水瀬さん」
「ご、ごめんねっ、北川くん」
「いや…何というか、今のでちょっと足ひねったみたいなんだ。悪いけど、代わり探してくるわ」
「え、え、えっ…ごめんね、ごめんなさい…」
「水瀬さんが謝ることじゃないさ。オレが変な足の付き方したからだよ」
「でも…」
「いいから。それじゃ、ちょっと待っててくれな。誰か手の空いてる奴がいるといいんだけど…」

 ……その場から、逃げ出す。
 背中越しに、ごめんね、って水瀬さんの声が聞こえたけれど…オレはそれを無視した。

 

 ・
 ・
 ・

 

「…それで、こんな所でふてくされてる訳ね」
「何だ、美坂か…」
「あら、あたしじゃいけなかったかしら?」
「別に…」
「……下手な演技、お疲れ様でした」
「…ありがとよ、演劇部の部長さん」
「どういたしまして」

 パン。
 乾いた火薬の音。
 また、六組のペアが同時にスタートを切る。

「…随分名雪と走るのを楽しみにしてたみたいだけど、よかったの?」
「よくなくても、あれで走れる訳ないだろ?」
「……でも、どうしてよりにもよって代走が相沢くんな訳? 一番、名雪に近付けたくなさそうなもんじゃない」

 …パン。
 何度目のスタートの合図だかは知らない。
 不器用に五十メートルの距離を走り抜けていく十二人の姿。
 ……そしてスタートラインに立つ、青い髪の女の子。

「…………今、水瀬さんの頭、相沢の胸にぴったりくっついてるだろ。あれが多分、一番走りやすい格好なんだよな……。あれがオレ相手だとさ、全然意識されてない状態でも、微妙に距離が空くんだよな…」
「……判りやすい娘よね」
「でもあれで、相沢の方は気付いてないんだろ?」
「多分ね…」

 ……あの時、オレの頭に浮かんだ疑問、二つ。
 一つは、水瀬さんが相沢をどう思っているのか。
 これは本当に、単純明快に、予想通りの答えが見えた。
 そして、もう一つ…。

「なあ、美坂」
「なに?」
「賭けるか」
「…何を?」
「水瀬さんが相沢を落とせるかどうか」
「……いいわよ」

 …オレは、できないに賭ける。
 オレを意識しない水瀬さんのように、水瀬さんを意識しない相沢。
 そこに、賭ける。
 ある拍子で水瀬さんはオレを意識し始めたように、何かの切っ掛けで相沢は水瀬さんを意識し始めるかも知れない。
 それでも。
 オレは、賭ける。

 ……今し方、水瀬さんと相沢のペアが一着でゴールインしたらしい。

 

Von fernem Hier mit dem herzlichen Gebet.

 

 

名雪サイトへ行きます(執筆中)  SSの一覧に戻ります  和馬にメールを送ります

 

 


……失敗作です。

もっと、照れる名雪&北川を書きたかったんですが……。

どうしてこうなってしまったんだろう?

 

バイト先で、泊まり作業中、キーボードを打ちながら考える和馬でした(汗)

 

01/8/12 橘 和馬

…この作品、2ヶ月半も放っとかれたんですね(汗)

それでもまだ名雪サイトができていない…(滝汗)

01/10/28 橘 和馬