blue snows

1月9日(中編1)

 

 

 はぁ…はぁ…はぁ……。
 …はぁ…はぁ…はぁ……。
 言うまでもない、肩で息をしながら、あたしは廊下を歩いている。
 ……運動不足が、涙で視界が霞むほど身に染みた。
「…大丈夫、ゆーこちゃん?」
「だめ…」
 まだ校舎にはほとんど人がいない。
 いろんな意味で冷たすぎる空気が、震えることもかき回されることもなく、ただそこにあるような感じ。
 初めは涼しくてよかったけど、今は逆にどんどん熱を奪われてしまって、寒くてしょうがない。……ひょっとしたら、転校早々風邪をひく羽目に遭うかも知れない。
 それならそれで、あたしが馬鹿じゃないってことの証明になっていいのかも知れないけど…なんて考えるあたりからして、もう大分思考の方はやられてるみたい。
 自分でも徹底的に何を言いたいのか判らなかった。
「ブラウスが気持ち悪い…」
 中途半端に汗を吸い取って、しかもそれが氷点下の気温にさらされて、冗談じゃないほど気持ち悪い。ひょっとしたら凍るかも知れない。それはそれで滅多にできる体験じゃないと思う。
 …できるなら、一生体験したくないけど。
「辛いならおんぶしてあげようか?」
「あんたには無理でしょ…」
 どう考えたって身長が足りない。
 …てゆーか、そんな真似、恥ずかしくてできる訳ないわよ。
「じゃあ、オレがおぶってやろうか?」
「遠慮するわ…」
 そりゃ薫くんなら身長は十分でしょうけど、身内の雪也ならまだしも(それでも絶対に嫌だけど)、昨日が初対面の薫くんにそんなこと、心苦しくて頼める訳、ない。
 ……いや、別に、あたしが今以上に図々しかったとしても、絶対に駄目だわ。
「…しゃらっと流されちまった」
「冗談半分の申し出の方? それとも自信ありげだった登場の方?」
「両方」
「残念だったわね…脳溢血で倒れた薫くん」
「……今日はやけに冷たいな」
「疲れてるからよ…」
「だから、オレがおぶってやろうかって」
「あんまりしつこいと女の子に嫌われるわよ」
「そりゃ大変」
「あ、そーか、ゆーこちゃんも女の子だったんだ…」
「伊達に制服のスカートはいてない、ってか」
「……」
 もう、勝手にしてちょうだい。
 今のあたしには、本当にツッコミを入れる気力すら残っていない。
「しかし…今日はまた早いな、二人とも」
「うん、ちょっとね…」
「……大方、いつもの癖で雪也が走り出して、相沢ちゃんがそれに引っ張られて来た、ってトコだろ」
「わ、薫、すごい…」
「……しっかし、相沢ちゃんも律儀だよな…オレだったら絶対に雪也だけ先に行かすけど」
「次からはそうするわ…」
「それが賢明」
「う〜、独りは寂しいよ…」
「だったら、相沢ちゃんに無茶させんな。相沢ちゃんをオレと同じように扱ってっと、いつか相沢ちゃん愛想尽かすぞ」
「う〜……」
「相沢ちゃんにはちゃんと謝ったのか?」
「う〜……」
「ちゃんと謝れ。相沢ちゃん悪い娘じゃないから、今謝れば仲直りできるぞ」
「うん……ごめんね、ゆーこちゃん…」
「いいわよ、もう済んだコトだし。…ただし、次暴走したら本当に追いかけないからね」
「うん…判った…」
 言って、もう一度、ぺこっ、と頭を下げる雪也。
 その頭を何となくぐしぐしっと撫でてから。
「…薫くんも、随分早いみたいだけど」
「あー……オレは、今ちょっと家にいづらくて、な」
「三男坊の冷や飯食いでもしてる訳?」
「いや、そういう訳じゃねーけど…」
 珍しく薫くんが言葉を濁す。
「薫、今、反抗期だから」
「…オレ、雪也にフォロー入れられるとは思わなかった」
「…あたしも。雪也がフォロー入れるなんて思いもしなかったわ」
「ひどい〜、ひどい〜」
「……今日、雪降るかしら」
「いや、雪なんて毎日のように降ってるからな…意外と雨じゃないか?」
「雨…ね。この時期雨なんて降ったら、道が凍って悲惨な状況にならない?」
「なるなる。十メーター歩くごとに一人は滑ってこける奴が見れるぜ」
「……降るの? 雨」
「んー。オレが知る限り、冬に雨が降ったコトってないな。せいぜい、みぞれだ」
「みぞれ、ねぇ…あれってあたし嫌いなのよね」
「どっちつかずで中途半端なところが?」
「そうそう。雪也と違って話が早くていいわね」
「お褒めにあずかり光栄至極」
「褒めてないんだけど?」
「そう照れなくてもいーって。相沢ちゃんのことはちゃんと判ってるから」
「判ってる、ねぇ…冗談だと判ってても、言われて気持ちのいい台詞じゃないわよね…」
「オレも言ってて気持ち悪かった」
「…じゃ、言わなきゃいいじゃない」
「言ってる最中に気付いたんだ。残念ながら」
「ちっとも残念そうに聞こえないけど?」
「落胆してるトコは人には見せない主義なんだ」
「…それは立派なもんね」
「褒めても何も出ねーぞ?」
「あら、そう? じゃあ褒めて損したかしら」
「いいだろ、別に減るもんじゃなし」
「減るのよ、あたしの場合」
「何が?」
「さぁ。それはちょっと男の子には言えないわね」
「甘いな相沢ちゃん。オレはこう見えて、歴とした女の子だぜ」
「えっ!? うそ、薫!?」
 …そういえば……いたのね、雪也。
「…雪也、今まで黙ってて悪かった」
「嘘…だって、修学旅行の時一緒にお風呂入ったよ!?」
「あー…そーいえばそーだったな」
「…嘘、だよね」
「嘘じゃ人聞きが悪いから、せめて冗談にしといてくれ」
「つまり嘘なんだね…」
「普通は聞いた瞬間に判ると思うんだけどね…」
「ま、それが雪也の味だろ」
「よく言えば、そうね…」
「薫の嘘つき…」
「だから嘘じゃなくて冗談だって」
「一緒だよ」
「…相沢ちゃんからも言ってやってくれよ、がつんと一言」
「そうよ、雪也」
「そうそう」
「薫くんが嘘つきだなんて今に始まったことじゃないでしょ」
「……また随分とお約束だな…」
「あたし、こう見えても約束は守る方だから」
「あ、薫くん雪也くん相沢さんおはよ〜」
 そろそろ完全に会話モードに入っていたあたしたちを現実に引き戻す声がする。
 ……見覚えがあるから多分、同じクラスなんだろうなぁ。金髪でショートカットの女の子。第一印象は…人懐こい笑顔。
「おー、早いな、北川ちゃん」
「おはよ〜、潤ちゃん」
 …とりあえず二人のおかげで名前だけは想像がついた。
「おはよう、北川さん」
「おはよっ」
 言って、にこやかに手を差し出してくる。
 ……笑顔だけじゃなくて、行動も人懐こかった。
「北川潤です。とりあえず三ヶ月間だけど、よろしくね」
「こちらこそ」
 その手を握り返しながら答える。
「ところで相沢さん…雪也くんと一緒に暮らしてるの?」
 …やっぱり来たかぁ。
 でも、面と向かって直接当人に訊くのは珍しい。しかも初対面で。
 とゆーか、それは、なんというか……慎みを知れ、日本人っ。
「従姉弟だからね、居候よ」
「…本当に?」
「………本当よ」
 …なんでそこで確認を取られるんだろう。
 訊きたいけど訊けない。怖すぎて。
「雪也くんの家族公認で駆け落ちてきた遠距離恋愛の彼女って聞いてた…」
 しかも訊かなくても答えてくれた。
「あれ? 僕ちゃんと従姉弟のゆーこちゃんがうちに来た〜、って言ったよ?」
「うん、そ〜ゆ〜ことになってるけど、本当は…って」
「…また盛大に尾鰭と背鰭と胸鰭がついたもんだな、相沢ちゃん」
 判ってる…判ってるわ。噂なんてそんなものよね。
「あれ、ゆーこちゃん顔色悪いよ?」
「噂って怖いよね…」
「全くだわ…」
「ま、人の噂も七十五日って言うことだし、達観して暮らすしかねーな」
「あたし、明日から脳溢血で倒れるから…」
「え、ゆーこちゃん病気なの?」
「…冬休みが明けても、相変わらず雪也くんは雪也くんだよね……」
「こいつが変わってたら、それはそれで怖いだろ?」
「そうだけど、さ…」
 朝の時間は流れていく。
 あたしの空っぽの溜息だけを残して…。
 ………………………………………………………………………………………はぁぁぁぁっ。

 

Fortsetzung folgt.

 

 

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あー、なんか煮詰まってるなぁ(汗)

どーすればいいものやら…。

 

01/10/28  橘 和馬