blue snows

1月8日(中編3)

 

 

 …しかし、商店街なんてそう何日も歩いて面白いもんじゃないわね。よく考えれば。
 勿論、買い物とかしながらなら、話は別なんだけど…生憎、あたしの経済事情はそこまでよくない。
 居候の身だしね。早いところ、アルバイトも探そう。
「しっかし…」
 呆れたように…いや、心底呆れた声で、あたし。
「毎日そんなことしてる訳?」
「え、あっ!?」
 ぎっ。
 ずざざざざざざっ…。
 がんっ!
 …ちなみに、前も見ずに走ってきた少年Aが、あたしに気付き、急に方向転換しようとしたためにスリップし、見事なまでにヘッドスライディングで道路脇の街路灯に頭から突っ込んだのだ。
 ……かなりのスピードだったから、相当痛いんじゃないかと思う。
「…どうして俺だけがこんな痛い目見なきゃならないんだ?」
「日頃の行いよ」
 頭を押さえながら、立ち上がる少年A。
 脳震盪でも起こしたのか、やたらふらふらして…もう一度盛大に倒れた。
「日頃の行いなら、祐子ちゃんも相当悪そうなもんだけどな…」
「少なくともあたしは、法に触れるようなことはしてないわよ…で、今日は何盗って来た訳?」
「戦利品の確認は逃げ切ってからだ。そら、逃げるぞ、祐子ちゃん」
 言いながら立ち上がるんだけど…やっぱりまだ足がふらついている。
「…やっぱりあたしも逃げるの?」
「当たり前だろ。共犯だからな」
「……その場合、分け前は?」
「当然あるぞ。同志」
「………どうしてあんたがそんなにあたしにこだわるのか、今一つ判んないんだけど」
「それじゃ、ついでにそれも教えてやるよ。ほい、ついてこい」
 ようやく落ち着いた足取りで、さくさく歩き始める。
 戦利品はこの際どうでもいいけど、いろいろと彼には聞きたいこともある。
 …結局、ついていった。
 決して戦利品に釣られた訳じゃないからね、念のため。
「今日は走らないのね」
「まだ膝が笑ってるからな。今走ったら転ける」
「情けないわね。それでも万引きのプロ?」
「プロじゃないぞ…」
「なんて言いながら、随分場慣れしてるみたいだけど」
「そりゃ、毎日やってるからな」
「……あんた、そのうち手が後ろに回るわよ」
「大丈夫だ。その時は祐子ちゃんも一緒だから」
 …そういうのを大丈夫って言うのかしら、最近の若い人は。
 よう判らん。
「あたしもしっかり共犯な訳ね…」
「そりゃそうだろう。向こうにしてみれば、俺と一緒に逃げてたってだけで、十分共犯だぞ」
「あたしにしてみれば、あたしはあんたに巻き込まれた善意の第三者よ」
「そりゃ、気のせいだ」
「身も蓋もな…」
 く言い切ったわね。
 あたしの台詞は途中で止まる。
「見つかった。走るぞ、祐子ちゃん」
 当然、あたしの返事なんて待たずに、少年A、走り出す。
 …あたしの手をとって。
「いきなり走り出さないでよっ!」
「悪いっ。後でいくらでも謝るから、逃げ切ってからにしてくれっ」
 ……相当切実な声と表情の少年A。
 それがどういった理由から来るのか…あたしには考えなくても判るし、そもそも考えたくも判りたくもない。
「…ところで、A」
「何だよ? 走りながら喋ると、息切れるぞ」
「あんたが抱えてる袋って、昨日の奴と同じ奴じゃない?」
「ああ、そうだぞ」
「…ひょっとして」
「ああ。同じ屋台のたい焼きだ」
「………思わず目眩がしたわ」
「走りながら目眩とは、流石だな、祐子ちゃん」
 …こいつは。
「しかし…今日はしつこいな」
 後ろを振り返って、A。
 確かにさっきから相当なペースで走っているにも関わらず、後ろから聞こえてくる怒声は一向に小さくなる気配がない。
 学校帰りらしい学生の集団(…あ、ウチの学校だ)を迂回して避けたところで。
 全く並行して走っていた少年A、あたしの胸元に紙袋を押しつけてきた。
「…何?」
「俺が合図したら、祐子ちゃんは右の道に折れろ。俺はこのまま真っ直ぐ行って、あの親父をまいてから合流する」
「了解……って、それじゃまるで、あたしがあんたの共犯者みたいじゃない」
「安心しろ。もう既に立派な共犯者だ」
 何をどう安心しろと仰るのか、このボケナスは。
「それじゃ、行くぞ。三、二、一、行けっ」
「こうなりゃ自棄よっ」
 少年Aの合図にきっかり合わせて、紙袋を受け取り、右に折れる。
 紙袋を抱えて、細い道を(昨日雪也に聞いた話だと、この商店街、真ん中に大通りが通っていて、その他は、碁盤の目みたいに細い道が張り巡らされているらしい)駆け抜けていく。
 それから、やっぱりあの怒声が、Aを追いかける方向に通り過ぎていく。
 …とはいえ、油断は禁物。もう少しこの場を離れるべきよね。
 ………すっかり気分は犯罪者だわ。
「Aにこんなこと言ったら、絶対、祐子ちゃんは立派に犯罪者だ、もっと自信を持て、とか言うわよね」
 胸元でじんわりと、紙袋から伝わってくる暖かさ。
 それから、走り抜けざまに耳元を横切っていく、冷たい風。
 呼吸が段々と乱れてくる。
 …もう、この辺でいいかしらね。
 少し、辺りに視線を巡らせて、周りの様子を確認した瞬間。
「きゃっ」
「ひゃっ!」
 あたしはものの見事に、女の子(声から察するに、ね)と衝突した。
 やたらと荷物が散乱している上、その娘が盛大に尻餅なんてついているもんだから、見るからにあたしが加害者。
 …いや、事実そうなんだろうけど。
「え、と…ごめんね。大丈夫?」
 手を差しだしてみる。
 ぺたん、と座り込んだまま大きく目を開いて…一つ、瞬き。如何にも、呆然としてます、って感じの表情。
「ホントごめんね? どこか打っちゃった?」
「あ……いえ…」
 半ば無理矢理、その娘の手を取って、引っ張り上げる。
 やっぱりどこかふらふらしたまま、何とか立ち上がる…けど…。
「…大丈夫?」
「…あ……はい…」
 …随分、ゆっくりした反応。
 相変わらず目は泳いでるし瞬いてるし、微妙に身体は前後左右に揺れてるし…。
 大丈夫だって答えるんだったら、もっとそれらしい態度で答えなさいっ!
 と、思わずツッコミを入れたくなる程、その娘は大丈夫そうじゃなかった。
「………」
「………」
 二人して黙る。
 …こう、会話がないと、思わず、観察しちゃうもんじゃない?
 ………あたしより年下っぽい。ダークブラウンの髪はこざっぱりしたショートカットに揃えられているし、同色の大きめの目が愛らしい。白いタートルネックのセーターと、黒地の……ん? なんて言うんだろ、こういうスカート。とにかく、肩からかけて…キャミソールの裾が長くなって、そのまま短めのスカートがくっついた感じ? (ほとんどズボンしかはかない、スカートなんてはいても制服かジーンズのロングスカートだけ、なんてあたしには、服のことはよく判らないのよ)
 とにかく、そんなスカート…あ、二枚合わせだわ。ワイン地に白で格子線の入った奴。…思わず、目を覆いたくなるようなミニ。でも、それが生々しく見えないくらい、細くて、白い脚。それから、薄目の黒の、膝上までのストッキング。おまけに、チェック柄の趣味のいいストールを羽織っている。
 …どう贔屓目に見ても、綺麗だし可愛い。
「…あの……」
「あ、ごめんね…」
 いけない。
 つい、じろじろ見てしまった。
 改めて見れば、女の子、少し照れたように顔を赤くして俯いている。
 ううっ…可愛いっ…。
 あたしが男の子だったら、放っとかないわよ。
「え…あの……」
 …いけないいけない。
 また見入ってしまった。
 そんなに見たら失礼だって判ってるんだけど…うう〜、やっぱり可愛い。
「あの……後ろ…」
 そう、後ろよ後ろ。
 なんてったって…あれ? 後ろ?
「…あの、あぶなっ」
 どだっ! むぐっ!
「きゃっ」
「わっ!?」
「ひゃっ!」
 いきなり背後からタックル(だと思う)をかけられ、女の子を盛大に巻き込んで倒れながら…思う。
 どうしてあたしはこんな目にばっかり遭うんだろう。
 この街に来たが最後、あたしは高校を出るまで毎日、タックルをかけられては倒れるというパターンを繰り返すんだろうか?
「わ、悪いっ。急いでたんだ、ごめんな」
 あたしたちを押し倒した男の子(だと思う)は、身軽にあたしたちから飛び降りると、そんな台詞と共に、あたしたちを引き上げにかかる。
「…っと、なんだ、祐子ちゃんか」
 あたしを丁寧に起こしたところで、彼(もういいでしょ。要は、少年Aよ)は、ようやっとあたしの正体(?)に気付いたらしい。
 かなり間抜けな表情であたしを見る。
 ……あたしだったらぞんざいに扱ってもいいとでも言うつもりなのかしら。
「祐子ちゃんだと判ってたら、もうちょっとテキトーに扱ったものを…」
「どうしてそこで残念そうに目をそらすのよ」
「いや、別に…」
「…ま、それについては不問にしてあげるから、この娘、助け起こしてあげなさいよ。あんたが巻き込んだんだから」
「おっと、そういやそうだ」
 …かといって、そうもあっさりあたしから関心を外すのはどうかと思うわよ。
 あたしが半眼で軽く睨んでみても、もう既にAはあたしなんぞ眼中にない。
 ……ちょっと悲しいわ。
「大丈夫か? …ホントごめんな。前科一犯になるかどうかの瀬戸際なんだ、俺たち」
 …しかも、しっかり"俺たち"扱いされてるし。
「前科…一犯…?」
「人聞き悪いこと言わないでくれる? この娘、本気にしちゃってるじゃない」
「大丈夫だ。全部事実だから」
「…さっきも思ったんだけど、最近の若い人ってそういうのを大丈夫って言うの?」
「さぁ…最近の若い奴の考えることはよく判らないから…」
「……あんた、歳いくつよ」
「祐子ちゃんと同じだよ」
「…え?」
「厳密に言うなら、学年は一緒だけど歳は一つ下だな。俺、早生まれだから」
「ちょっ、待って。…あんた、いくつ?」
「昨日十七になったな」
「………どうしてあんたがあたしの歳知ってるのよっ!?」
「どうして、って…まだ思い出さないのか?」
「…どういう意味よ」
「なんだ、ホントに忘れてるのか? 昨日が初対面じゃないぞ、俺たち」
「……!?」
「俺も名前聞くまでは判らなかったけどな」
「…そういえば、あんたの名前、まだ聞いてないわ」
「月宮、歩」
「つきみやあゆむ…」
「月宮歩。たい焼きが好きなガキ。高いところが大好き。ウサギみたいな赤い目…どうだ?」
 歩…くん。
 小さな身体では持ちきれないほど沢山のたい焼きを抱えて、
 やめなよって言うあたしの制止を振り切って高いところに登って、
 高いところは苦手だって下から見てるだけのあたしを悪戯っぽく細めた赤い目で見て、
 あたしはいつもその一挙手一投足に振り回されて、
 結局、その冬休みはずっと一緒に遊んで、
 帰る前の日になっても宿題が終わらなくて…。
「七年前…」
「そう、七年前だ」
 あたしがこの街で過ごした、最後の冬。
 ぼんやり滲んだ記憶の風景には、確かに、彼の姿があった。
「そっか…そうだったわね…」
 目の前で重なる、二つの面影。
 …どうして忘れていたんだろう。
「相変わらずたい焼きの持ち逃げやってるのね…」
「ああ。俺のライフワークだからな」
「傍迷惑なライフワークよ…」
「でも楽しいだろ」
「そうね…」
「だったら問題なしだ」
「……変わってないのね」
「変わったところもあれば、変わってないところもある。あんただってそうだろ?」
「…そうね」
「…どうした、急にしおらしくなって」
「別に……昔を懐かしんでたのよ」
「……なぁ、祐子ちゃん」
「何よ。人が折角美しい思い出に浸ってるってのに」
「懐旧は、とりあえず、その娘を助け起こしてからにしないか?」
 …そのこ?
 そういえば亡くなったわね、鈴木その子…って、多分、違うわ。
「え…?」
 歩くんの指さす先…には、相変わらずぽやっとした表情で道路に座り込んでいる、女の子の姿があった。
 …ちなみに、今、小さな声を上げたのもあたしじゃなくて彼女ね。(活字だと、声色とか判らないだろうから。念のため)
「ごっ、ごめんねっ! つい、彼のペースにはめられちゃってっ!」
「俺がはめたんじゃなくて、祐子ちゃんが勝手にはまったんだろうが」
「あ…はあ…」
「ええい、余計なコト言わないっ!」
「いいや。一番大事なとこだぞ」
「え…と……あの…」
「ほら。あんたが変なこと言ってるから困ってるじゃない」
「祐子ちゃんがそうやってまくし立ててるから怖がってるんじゃないのか?」
「いえ…あの…」
「いいのよ、気を遣わなくて。遠慮せず、歩くんのせいだって言ってやって」
「そうだぞ。遠慮なく、祐子ちゃんが悪いと教えてやってくれ」
「………」
 黙り込んでしまう女の子。
 …何やら、遠い目(でもないかな)で、あたしたちが元来た方を見やっている。
 ……それであたしも気付くんだけど、何やら、かなり近くまで来ている怒声。
「歩くん。来てるわよ」
「ん? 来てるって何が……っ! やばっ!」
「慌ただしくてごめんね、でもあたしたち、追われる身だからっ!」
 歩道の隅に転がっていた(最初の転倒で放り出しちゃったんだと思う)獲物の紙袋を掴み上げると、歩くんと目を合わせ、一気にダッシュ!
 …の、つもりでいたんだけど、歩くんがいつまで経ってもあたしと目を合わせてくれないんで、この作戦、中断。
「どうしたのよ?」
「…いや。何でもない」
 何故かまた、マジな目をしながら、歩くん。
 …あたしを初めて見たときにこの目をしたのも、ひょっとしたら、あたしをあたしと認識したからなのかも知れない。
 とすると、この女の子と歩くんは知り合いなのか、って話になるんだけど…七年間この街に縁がなかったあたしと違って、女の子は原住民(…我ながら、すごい表現だとは思う)な訳だから、そんな複雑な表情をする必要もないだろうし…。
 っと、そんなことより今は。
「祐子ちゃん。袋の中身、一つくれ」
「へっ?」
 唐突に、歩くんがあたしの方を向く。
 あたしが訳も判らずぼーっとしていると、あたしが胸元に抱いた袋をひったくるように奪って、中から一つ…たい焼きを取り出す。
「迷惑かけたな。何も言わずに、こいつを受け取ってくれ」
「……そうやって共犯者を増やしていくのね、あんたは」
「人聞きの悪いこと言わないでくれ。…大丈夫だ。責任は全部、祐子ちゃんが取ってくれるから」
 …また無茶苦茶なことを言う。
「こらぁぁぁぁっ! たい焼き泥棒ぉぉぉぉっ!」
 もう既に、何を怒鳴っているのかさえ判る位置に来た、たい焼き屋のおじさん。
 流石にもう、待っている訳にはいかない。
「ホントごめんねっ! じゃあねっ!」
「ああ、マジで悪かったっ! またなっ! …て祐子ちゃん、俺置いて行くなぁぁっ」
 まだ呆然としている女の子の立ち姿が、少しずつ遠くなっていく。
 そして、一体どこから出るのかも判らない大音声を背に、あたしたちはその後一時間弱に渡って走り続けた。
 ………疲れた。
 

 

Fortsetzung folgt.

 

 

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こ、こ、こんなのっ! しおりんじゃないやいっ! (涙)

あー、ホント、何故か栞が書き辛い…。

彼女が上手く動いてくれないおかげで、一ヶ月近くかかってしまったんだなぁ…。

うぐぅ…。

 

しかし…まだまだ未登場のキャラ多いし…。

ホントに三年計画かっ!? <マテ

 

01/2/18  橘 和馬