そろそろ見慣れた雪の街を、従兄弟と一緒に歩いていく。
七年前にも確かに存在していたハズの街並みを記憶と照らし合わせても、まるでノイズの混じるテレビのように、鮮明には像は結べない。
そんなあたしを見上げて、穏やかに微笑んでいる従兄弟の少年。
…なんのことはない、要は学校に行くんだけどね。そこはほら、話の導入ってやつ。
「何年ぶりだろ、僕が歩いて学校行くなんて…」
「まだ二年目なのに、何年ぶりはないでしょ」
「う〜ん…奇跡だよ…」
いや、そういうことをしみじみ言うのは、どっちかっていうとあたしだぞ。
少なくとも、当人が言うもんじゃないわよ。
「奇跡…」
まだぶつぶつ言っている雪也の背中を押しながら歩いていると、多分二十分くらい(あたし、腕時計しないから詳しくは判らないのよね)した頃から、同じような制服を着た、同じような年頃の子たちが、ぽつぽつ見え始めた。
…少なくとも、この人たちについてけば、迷うことはない訳だ。うん。
……しっかし、ホントにみんな寒くないんだろうか、このスカート。あたしはさっきから膝が笑いっぱなしなんだけど。
コートとか来てくればよかった、と、正直、思う。
「奇跡…」
「だから、それはもういいわよ」
「うん、僕もそろそろ飽きてきた」
「だったら、自分の足でちゃっちゃと歩きなさい。あんた押すの、結構疲れるんだから」
ついでに言うと、周りの奇異の視線も痛い。
…そりゃ、こっちとしては仲睦まじい姉弟でも、外から見れば、そうは思ってくれないんだろうし。仕方ないといえば仕方ないけど…でもやっぱ、さらし者は嫌よね。
「でも…ゆーこちゃんと一緒に学校行くなんて…夢みたいだよ」
「奇跡の次は夢? …随分ロマンティストね」
「う〜。ひょっとしてけなしてる?」
「あら? 判る?」
「う〜」
軽口を叩きながら、更に数分。
足を向ける先に見えてくる、大きな建物。
その入り口に吸い込まれていく、制服姿の男の子、女の子。
「あれがそう?」
「うん。そうだよ」
「意外と大きいのね…」
「広いよ〜。廊下で一一〇メーターハードルができるからね〜」
「…あんた、小学生の頃、廊下は走っちゃダメって言われなかった?」
「そんな昔のこと憶えてないよ〜」
「……昨日、あれだけあたしに思い出話を語ったのは誰よ」
「おとーさん?」
「あんたでしょっ」
校門をくぐる。
目の前にそびえる、新しくてきれいな白い建物。
雪也の通う学校。
そして、これからあたしの通う学校。
「よぉ、雪也」
後ろから穏やかに声が投げかけられる。
…勿論、あたしに対してじゃないけど。
雪也にあわせて振り返ると、そこには、軽く片手を上げてこちらに近付いてくる男の子の姿があった。
「あ、薫っ」
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うんっ。ちゃんと毎日部活出てたよ」
「そっか。子供は風の子、元気が一番だ」
「う〜、僕、子供じゃないよ」
「おー、そーだったな。悪い悪い」
雪也の頭をぽんぽんと叩きながら、少しも悪びれることなく、笑っている。
ダークブラウンの髪、目。すらっと伸びた長身。目鼻立ちも悪くない…。
いわゆる、ハンサムさんである。
んで、その男の子の視線が、あたしに向けられる。
「…何か用?」
「いや、別に用って程の用じゃねーんだけどな」
「何の用?」
「…あんたが相沢ちゃん、だろ?」
すぐ近くに立ってみると判るけど、この男の子はかなり背が高い。
…七五以上あるんだろうなぁ…あたしが六二で、そのあたしの頭の辺りに目があるってコトは…。
雪也と並ぶと、きれいに凸凹コンビだわ。
「よくご存じで」
「まぁな。十月末からずっと聞かされ続けりゃ、名前だって覚えるさ」
「そりゃ、どうも」
「素っ気ねーなぁ。まぁ、初対面で気さくに話してくれってのも無理な話かな?」
「…どっちかって言うと、あなたに関わるとこの先ろくなコトがないと踏んで、距離を置いてるつもりなんだけどね。言わないけど」
「ゆーこちゃん、しっかり言ってる…」
勿論、軽いジョークの交換である。
距離を置いてるなんて言ってるあたしも笑ってるし、それが判っている相手の男の子も笑ってる。判ってない雪也だけが、間に立ってきょろきょろしてるけど。
「さて。順番が逆になっちまったけど…初めまして。美坂薫、だ」
「知ってるみたいだけど、相沢祐子よ。よろしくね、美坂くん」
「差し支えなければ、名前の方で呼んでくれた方がありがたい」
「…判ったわ。よろしくね、薫くん」
「こちらこそよろしく、相沢ちゃん」
あたしが差し出した手を、ぐっと握る薫くん。
その大きな手に、彼が男の子なんだなって何となく実感する。
これが雪也だと、そうは思わないんだろうなぁ…。
「あたしも祐子でいいわよ?」
「遠慮しとくよ。女の子を名前で呼ぶのは、どうにも性に合わないからな」
「そう? ま、いいけどね」
「ああ。そうしといてくれ」
うーん。雪也よりずっと話しやすいキャラしてるわよね。
さっきから会話に入れないでいる雪也が、う〜、とか、うぐぅ…、とか言ってるけど。
…って、うぐぅはちょっと違うような気がする。
「つーか、雪也。相沢ちゃんってどのクラスに入ってくるか判ってんのか?」
どうやらその辺を察知したらしく、親切にも雪也に話題を振っている。
「僕は聞いてないけど…知ってる? ゆーこちゃん」
「あたしも聞いてないわ」
「そっか。オレと雪也は同じクラスだからさ、一緒になると楽でいいぞ」
「あたしが決める訳じゃないんだから、あたしに言われても困るわよ」
「そりゃそーだな」
また、快活な笑みを見せる薫くん。
…あたしがここに来てから会った人たちって、大体よく笑うわよね。
「薫。そろそろ時間…」
「ん? あー、そろそろ危ねぇな…じゃ、相沢ちゃん。オレたちは行くぜ」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行って来るね〜」
「はいはい、転ばないようにね」
「転ばないよ〜」
「嘘つけっ。この前、廊下で転けてるの見たぞっ」
「う〜、あれはねっ…」
楽しそうに言葉を交わしながら、遠ざかっていく二人の背中。
…どうやらあの二人、親友と呼んでも差し支えないような関係らしい。
そうよね…大抵、凸凹コンビっていうのは仲が良いわよね…(勿論、あたしの偏見である)。
小学校に上がったばかりの弟に、ちゃんと友達ができていることを確認できた姉の気持ちで、ちょっとほのぼのしていると、
キーン、コーン、カーン、コーン。
どこの学校も同じようなチャイムが、鳴り響いた。
「さて、あたしも行かなきゃね」
小さく息を吐き出して、気合いを入れる。
それから、少し足早に、来校者用の玄関へと、歩を進めた。
Fortsetzung folgt.
01/1/14 橘 和馬