…確かに雪也は、料理が上手かった。ダイニングのテーブルの上に、所狭しと並べられる料理の数々に、あたしは正直、声も出ないほど驚いた。味も悪くない。
正直な感想を述べると、雪也は相変わらずのにぱっとした笑顔を見せて、
「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ〜」
って喜んでいた。
……キッチンの方から、食器を洗うかちゃかちゃって音が聞こえてくる。
せめて食器洗いだけは、と申し出たんだけど、案の定というか、雪也に拒絶されてしまった。おかげで、あたしは、こう、のほほんと、テレビの前のこたつについて、みかんを食べていたりする。
こんなんでいいのかなぁ…。
「ゆーこちゃんっ」
「ひゃぁぁぁぁっ!」
むぐむぐとみかんを食べていたら、いきなり首筋に冷たい感触。
一も二もなく、あたしは叫び声を上げる。
…振り返れば、当然、嬉しそうに雪也が立っていた。薄いピンクのエプロンが、とてもよく似合っている。まるで、母親に無理を言って手伝わせてもらっている小学生みたいな感じ。
「えへへ…昼間のお返し♪」
エプロンを外しながら、もぞもぞとこたつの中に入ってくる。
「う〜、やっぱり冬は水が冷たいねえ」
「だから、あたしがやるって言ったじゃない」
「なんて言いながら、やっぱりやらなくて良かったって思ってるでしょ」
…半分正解。
「ところで、ゆーこちゃんお風呂どーする? 今入る?」
「あたしはもう少しいいわ」
「じゃ、僕先入っていい?」
「いいわよ…って、随分早くない? まだ八時よ」
「うん。いつも、こんな時間だから」
「…湯冷めしない?」
「うん。出たらすぐ寝ちゃうから」
「……あんた、いつも何時に寝てるの」
「毎日九時前には寝てるよ」
「…毎日?」
「毎日」
「…ホントに?」
「うん。ホントだよ」
…小学生か、あんたは。
「それじゃ、行ってくるね」
にぱっ、と笑って、またもぞもぞとこたつを出ていく。
とてとてっ、とリビングの入り口まで歩いていって、立ち止まって振り返った。
そこでまた、にぱっ。
…と、何かに気付いたように、唇に人差し指を当てて、首を傾げるあの仕草。
「ゆーこちゃん、寝てる?」
「寝てないわよ」
「じゃあ、挨拶は?」
「…行ってらっしゃい、雪也」
「うん、行ってきます」
……。
なんだかなぁ。
あ、そうだ、そういえば。
「雪也!」
リビングのドアを開けて大声で呼ぶ。
返事はなくて、とんっ、とんっ、という音が近付いて来て…雪也が現れた。また、何やら不思議がっている。
「なぁに? ゆーこちゃん」
「結局今日は学校行けなかったけど、ここから学校までどれくらいある訳?」
引っ越しのせいでかなりどたばたした冬休みになってしまったけど、その冬休みでさえ今日で終わりだ。明日からは、新しい学校での生活が始まってしまう。
…せめてあと一日、休みが欲しい。
「うーんと…走って十分くらいだよ」
「雪也が走って十分…歩くと?」
「うーん…あんまり歩いたことないから判らないよ」
「…それって、いつも走って行くってこと?」
「うん」
「……雪也。あんたひょっとして、朝弱い?」
「うん…」
「念のため言っておくけど、あたしは絶対にあんたと同じペースじゃ走れないからね」
「うん、そうだね」
…判ってるんだろうか、この子。
「十分で着くって思っちゃダメ、って言ってるのよ?」
「う〜、判るよ〜、それくらい」
「それならいいけど。ま、そーゆー訳だから、なるべく早く出れるように起きてね」
「うん…善処するよ」
「…七時に起きれば間に合うわよね?」
「うん、お釣りがくるよ」
「それはそうと、物は相談なんだけど」
「…なに?」
「悪いけど、目覚まし時計、余ってたら貸してくれない?」
あたしの部屋に山積みになった段ボール箱(どうやら、伯父さんが運んでおいてくれたらしい)、服の類は取り出して整理したんだけど、その他のものが手つかずのままなのだ。それほど寝起きが悪いつもりはないけど、流石に目覚まし時計なしで時間に起きる自信はなかった。
という訳で、雪也に打診。
朝が弱いと自覚してるんだったら、大方二つか三つくらい使ってるんだろう、と踏んでのことである。
「うん。いいよ。いっぱいあるから」
頷いて、とんとんと階段を上がっていく雪也。
はて? …いっぱいある?
普通、三つくらいまでをいっぱいとは呼ばない。
「ゆーこちゃーん? どーしたのー?」
「今いくわ」
多少気にならない訳でもなかったけど、深く気にしないことにして、階段を上っていく。
階段を上ってすぐ向かいにあるドアの向こう…雪也の部屋の中から、雪也がひょいひょいと手招きをしていた。
別に遠慮することもないと思うので、そのまま部屋に入る。
「ここにあるの、どれでも持ってっていいよ」
……。
雪也の部屋は、まぁ、普通といえば普通の部屋だった。
フローリングの床の上にベッドがあって、本棚、机、クローゼット。それほど散らかってる訳でもないし、特別目に付くものがある訳でもない。
…部屋の一角、雪也のベッドの枕側に置かれた、少し大きめのサイドテーブルを除けば。
「…それ、全部目覚まし時計なの?」
「うん。そうだよ」
サイドテーブルの上に、所狭しと容赦なく並べられ、積み上げられている時計の山…雪也によれば、全部目覚まし時計らしい。
これが全部一斉になっちゃったら、この部屋は大惨事になるんじゃないだろうか。
「聞きたくないけど、もしかしてこれ全部使ってるの?」
「うん…」
「…それでも起きれないの?」
「うん…」
…筋金入りだった。
「どれがいい?」
「どれがいい、って…時間通りに起こしてくれるんだったら、どれでもいいわよ」
「うーん…ゆーこちゃんが選んでよ」
…そんな、選ぶほどバリエーションがある方がおかしいのよ、本当は。
「じゃあ、これでいいわ」
あたしは適当に、一番上にあって取り易そうだった奴を持ち上げる。
飾り気のない、白いプラスティック製の時計。
「しばらく借りるわよ?」
「うん。いいよ」
「ありがと」
目覚ましを手に、部屋を出ていく。
振り返ると、雪也がにぱにぱと手を振っていた。
苦笑。
「…なんで笑うの?」
「なんでもないわよ。それじゃ、ね」
「うん、またね」
ぱたん。
ドアを閉める。
どうしたもんかと思ったけど、結局あたしも部屋に戻ることにした。
……ちなみにあたしのこの日の就寝、十時過ぎ。雪也のコトを言えない時間に、あたしも、寝た。
Wiedersehen am folgenden Morgen.