「…雪也」
「なに?」
「何だったのかしら、あの少年A」
あれからあと、ざっと商店街を歩いて回って。それだけでもう十分、陽は傾いていた。
「万引き少年?」
「それは判ってるわ」
「ハーフっぽかったよね」
「それはあたしもそう思う」
「共犯者?」
「一般的見地から言うと、そうなるのかも知れないわね」
「う〜ん…難しいよ…」
「…そういえばさっきから気になってはいたんだけど」
「うん?」
またも唇に人差し指の第一関節を当てて首を傾げている雪也、不思議そうに、あたしの目を見上げてくる。
「それ、癖?」
「それ、って…どれ?」
「今やってる、唇に指当てるやつ。それから、その、首を傾げるのも」
雪也、唇から指を離す。首の傾きを九十度に戻して、じっ、と指先を見つめる。
…いや、指先見れば判るってもんでもないと思うぞ、あたしは。
しばらく立ち止まってそうしていた後、
「判んない」
言ってるそばから人差し指を唇に当てて、軽く首を傾げる。
どうやら、完璧に癖みたいだった。
「あんた、学校でもよく子供扱いされるでしょ」
「…どうして判るの?」
「子供っぽいからよ」
「う〜、僕、子供っぽくなんてないよ〜」
「そういうトコロが子供っぽいの。…ま、大人っぽくなった雪也なんて怖い以外の何者でもないから、そのままでいいと思うわよ」
「…ひょっとしてゆーこちゃん、僕のコト褒めてる?」
「褒めてない褒めてない」
「う〜、寂しいよ〜」
拗ねて、肩を落としてとぼとぼ歩く。
なもんだから、ちょうど撫でやすい位置に雪也の頭が来た。
わしわし。
「ひゃっ!?」
いきなり頭をわしわしされるとは思ってなかったらしく、雪也が驚きの声を上げる。
…おや。
「以外と柔らかい髪してんのね」
「う〜、よく言われる…」
「撫で心地いいかも知れないわ」
「それもよく言われる…」
あまり頭をいじられるのは好ましくないらしく、雪也の声は少しトーンが低めだ。
「褒めてるのよ?」
「う〜」
くすぐったそうな声を上げる雪也。
「くすぐったいの?」
「う〜、違うけど〜」
「じゃ、なに?」
「う〜」
雪也の声はやっぱりくすぐったそうだった。
「髪の毛って意外とあったかいのよね。手袋なかったからちょうどいいわ」
「う〜、僕、手袋の代わり?」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回す。
「うひゃっ!?」
「…にしても、意外な雪也の弱点を見つけたわね。これから、うるさいようだったらこれで黙らせることにするわ」
「う〜、ひどいよゆーこちゃん…」
ぐしゃぐしゃ。
「ひゃぁっ!?」
「あたしをからかう伯父さんの気持ちが、少し判ったような気がするわ」
「判らなくていいよ〜ってひゃっ!?」
「やっぱり面白いわ」
「う〜」
そういえば、昔、兄貴がよく雪也の頭をこうしていたような気がする。
…気が付けば、あたしもあの時の兄貴の歳になったのよね。全然実感ないけど。
「雪也、兄貴にもよくこうされてなかった?」
「う〜、されてた…」
「兄貴も、教えてくれればよかったのにね。やっぱ楽しいことは独り占めしちゃだめよ」
「…それ、よくお父さんが叔父さんに言ってた」
「姪っ子だからね」
……結局、う〜、う〜、って言いながらも、雪也はあたしの手を振り払わなかった。
雪也に言わせると、もうやめてね、ってコトらしいけど…うん、絶対にまた明日やってあげよう。口では嫌がってるけど、なんとなく嬉しそうにしてた気がする。きっと…あたしが伯父さんにからかわれてるときと同じような顔。
「ねぇ、ゆーこちゃん」
「んー? なにー?」
「晩御飯、何にしよっか?」
「何が作れるの? ゆで卵とかインスタントラーメンは料理に入らないわよ」
「う〜、レシピさえあれば大抵作れるよ」
ぐさっ!
「…すごいわね」
「すごくないよ、普通だよ」
どすっ!
…謙遜のつもりなのかも知れないけど、それはあたしには相当痛い台詞だわ、雪也。
「あれ? どーしたの、ゆーこちゃん」
「……ちょっとね。ふっと雪也に殺意が芽生えただけよ」
「う〜、なんか不吉な予感が…ひゃっ!?」
ぐしゃぐしゃ。
「う〜、うひゃっ!?」
連続。
「ひゃぁっ!?」
「……勝ったわ」
「う〜、負けた…」
「…何に?」
「う〜、先に言い出したのゆーこちゃん…」
「雪也♪」
「え? って、ひゃぁぁぁっ!?」
うーむ。やっぱり面白い。
「でも、からかってばっかりじゃ話が進まないわね」
「う〜、そうだよ〜、晩御飯の話だよ〜」
「…なんでもいいわよ。どうせあたしは居候なんだし」
「居候じゃないよ。一緒に暮らすんだもん、家族だよ」
「…かぞく【家族】 一つの家で共に暮らしている、血縁・婚姻関係で構成された人々。(旺文社国語辞典・第八版)」
「わ、辞典おぼえてるなんて、さすがゆーこちゃん」
さすが、って…。
「でも、ね? 家族でしょ? 一緒に暮らすし、従姉弟同士だもん」
「あたしは爵位なんて持ってないわ」
「……しゃくい?」
「…判らないならいいわ。雪也にツッコミを期待したあたしがどうかしてたのよね…」
「………ひょっとして、褒めてる?」
「褒めてない褒めてない」
「…何の話だっけ?」
「家族の話。その前が晩御飯の話。更に言うならその前が雪也の頭の話」
「うん、そうそう、晩御飯だよ」
「だから、雪也の好きにしていいわよ。どうせあたしはほとんど手伝えないし」
「うん、期待してないよ」
今、ひどいことを言われたような気がする。
…気のせいだということにしておこう。でないとあたしが可哀想すぎる。
「それじゃ、晩御飯の材料買うから、スーパーに寄ってこ?」
「そうね。せめて荷物持ちくらいはするわ」
「え〜、いいよ〜。ゆーこちゃん女の子だもん」
「…あたし、そんな、荷物も持てないように見える?」
「そういう問題じゃなくて…やっぱり女の子に荷物持たせる訳にはいかないよ」
意外とフェミニスト。
うむ…これは将来、いい旦那になるに違いない。少なくとも、家事の苦手な女の子なら大歓迎だわ。
しかし…それじゃあたしに立つ瀬がない。
「それでも、荷物持つくらいはしないと、あたしホントの役立たずじゃない?」
「いいの。ゆーこちゃんはいてくれるだけでいいの」
「…そう言ってくれるのは嬉しいけどね」
「僕ね、ずっと独りだったんだよ」
…まただ。
さっきも、手紙のことを話すときに見せた、どこか遠くを捕らえているような声。
あたしは後ろから雪也の頭に手を置いてるから、その表情は見えないけど…さっきと同じ顔をしてるはず。遠くを見るような、懐かしむような目で、それでも少しだけ笑いながら。
「お父さんは朝御飯も食べずに仕事行っちゃって、僕は学校に行って、部活して、帰って来て…ずっと、独りで、ご飯作って、食べて…お父さん帰ってくるの、僕が寝ちゃった後で、それでまた、朝になって……ずっと、独りだったんだよ」
……。
「だからね? いてくれるだけでいいんだよ。僕、ずっと、誰かの為にご飯作りたいって思ってたし…」
ぐしゃぐしゃ。
「うひゃあっ!?」
「…あんたってホント、面白いわねー」
「う〜、ひどいよゆーこちゃん。折角、一分しか保たないシリアスしてたのに〜」
「そういうことなら、あたしはもう何も言わないから、さっさと買い物して帰っちゃいましょ。あたし、冷え性なのよ」
「僕も冷え性…」
「ほら、だったらさっさと歩く歩く」
雪也の頭から手を離して、今度はまた両手で雪也の両肩を掴んで、やっぱりぐいぐい押していくあたし。
…あたし達が買い物を終えて外に出た頃には、太陽はすっかり地平線に沈み、夜の帳が視界を覆っていた。
Fortsetzung folgt.
00/12/11 橘和馬