雪が降っていた。
重い、鉛色の空から舞い降りる、真っ白な雪。
はらはらと風に舞って散っていく。
「……遅いわ」
もう何度目になるか判らない呟き。
袖から覗く腕時計の文字盤は結露していて、その先の針はよく見えなかったけど、少なくとも約束の時間を大きく過ぎていることだけは確か。
「…はぁ」
吐く息が白い。
雪の降る駅前で何時間もベンチに座ってる女の子って、他の人の目にはどう映るんだろう。あたしの隣を過ぎていく人たちの不思議そうな視線を受けて、そんなことも思ったりする。
「あれ?」
そして、また一人。
誰かがあたしのことを不思議そうに見つめながら、不思議そうな声まで出して、あたしに近付いてくる。
青い髪。背はそれほど高くないみたい。女の子かとも思ったけど、それにしては髪が短すぎる。…とすると、男の子としてはこの身長はすごく低い部類に入ると思う。きっと、あたしより低い。
「…雪、積もってるよ」
その男の子はあたしの目の前で止まると、ぴっとあたしの頭を指さして、そう言った。
声も高い。きょとんとした表情は、まるで小学生か中学生。
「そりゃ、二時間も座ってればね」
せいぜい皮肉っぽく、溜息をつきながらそう返す。
「…あれ?」
あたしの言葉に、男の子は不思議そうに辺りを見回した。
「今、何時?」
「三時」
「あ…びっくり」
男の子は、心底びっくりしたように目を丸く見開いてあたしを見る。ようやく、自分が多大な遅刻をしたことに気付いたよう。
「それじゃ、もうちょっとゆっくり来てもよかったかなぁ…」
気付いてなかった。
ううん、気付いてるのかも知れないけど。それならそれで一層たちが悪い。
「…ねえ、寒くない?」
「寒いわよ」
「そうだろうと思ってね、あったかいもの買ってきたよ」
あたしの気を知ってか知らずか(多分知らないんだろうけど)、男の子、にっこり笑うと、コートのポケットをごそごそとあさり始める。
…程なくして、あたしの手に暖かい缶コーヒーが差し出された。
「はい。遅れたお詫びとね、再会のお祝いだよ」
そう言ってまた、にっこり笑う。
雪の中、あたしの前に立つその姿は変わっていても、その笑顔だけは変わっていないような気がした。
「…七年ぶりの再会が、缶コーヒー一本?」
差し出された缶を受け取りながら、その目をまっすぐ見返す。
何が嬉しいのか、その男の子はますます表情をほころばせた。
「うん、そう言うと思ったからね、まだあるよ。はい」
差し出される、二本目の缶。
「まだあるよ」
あたしがそれを受け取ると、今度は両方のポケットを同時にあさり始め…次に男の子の手があたしの前に差し出されたときには、しっかりと両手にコーヒーの缶が握られていた。
流石にあたしが呆れていることに気付いたのか、男の子はちょっと首を傾げると、
「まだいる?」
気付いてなかった。
「一本でいいわ」
あたしは押しつけられた缶を一本返すと、かじかんだ指先でタブを引く。ぱきっ、という小気味よい音と、缶の口から立ち上る白い湯気。
一口口に含んで喉に落としただけで、体中に暖かさが広がっていくような感じがする。
「相変わらずだね、ゆーこちゃん」
何が嬉しいのか判らないけど、やっぱりにこにこしながら…雪也はあたしがコーヒーを飲むのを見つめていた。
「…おかげさまでね」
苦笑。
最後に会ってから七年も経って、お互いにもう高校生にもなって、それでも昔通りちゃん付けで呼ばれるとは思わなかった。
あたしも雪也のことは雪也って呼ぶんだろうから、お互い様って言えばお互い様なんだけど。
それも含めて、苦笑。
「あ」
ふっと真顔になる、雪也。
驚いたように目を開いて、あたしの口元をじっと見つめてる。
あたしの心境に気付いたんだろうか。
「…何?」
「ゆーこちゃん、笑った」
当然気付いてなかった。
「ね、そろそろ行かない? いつまでもここにいると寒いよ?」
また笑顔を取り戻しながら、そう言う。
誰のせいでいつまでもここにいる羽目に合っているのか判っていないらしい。
「行こっ、ゆーこちゃん」
あたしの答えも待たずに言うが早いか、まだコーヒーを飲んでいるあたしの左手を掴んで引っ張る。
あたしは慌ててコーヒーを口から離して、ベンチに置いてあった荷物を担いで。
「ちょっと、雪也っ。引っ張らないでよっ」
従兄弟の男の子に連れられて、七年ぶりの街を歩いていく。
思い出の隙間を埋める、白い結晶の中を…。
Wiedersehen am folgenden Morgen.